1955年(平成7年)1月17日午前5時46分52秒
「兵庫県南部地震」今年で18年です。
・死者6,434名、負傷者43,792名、避難人数 (最大)316,678名
・東は福島県の小名浜で有感震度1でした。
当時はTVの映像を見て震撼するも、申し訳ありませんでしたが、遠くのものと受け捉えていました。 そして・・・
2011年(平成23年)3月11日午後2時46分18.1秒
「東日本大震災」今年で2年目となります。
TVの映像を見て、大きな揺れを体感し、いてもたってもの気持ちとなり、現在の活動を始めるに至りました。
神奈川の東日本大震災ボランティアステーション(ksvn)のボランティアバスに、幾度か必ず「兵庫県南部地震」に関わりのある方が数名参加されていました。
・当時小さくて何も出来なかった。
・友達が地震が怖い怖いと言っていたけど良くわからなかった、今回の地震でその友達の気持ちがはじめて解かった。
・その時、神奈川にいて何もできていなかった。
・映像では分からない、自分の目で見て被害の大きさに呆然とした。
と、今だから出来る、しなければと。また、京都府から静岡県から千葉県から東京都から神奈川に来られてksvnのバスに乗られた方も多く居ました。
想うこと。
・今出来ること、今すべきことをしましょう。
・今出来ること、今すべきことを続けましょう。
・あの時に何も・・・、では無く今です。
ご冥福と復旧・復興を願う、そして何より『風化させてはならない』。
かながわ「福島応援」プロジェクト(kfop)
代表 なべ(渡辺孝彦)